スリランカ 300g(150g×2袋) 中深煎り 【ポスト便】
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スリランカ 300g(150g×2袋) 中深煎り 【ポスト便】

¥1,920 税込

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■ご注文いただきましてから5営業日以内に発送手続きを行います。 着日や時間の指定がありましたらご注文時に備考欄にて、6日目以降で指示ください。 【ポスト便での発送です】 複数ご注文の場合は送料変わらず宅配便にて発送いたします 「水の時計」のコーヒー【スリランカ】です。 ■レギュラーコーヒー ■内容量  150g × 2袋 ■原材料  コーヒー豆 ■生豆原産国名   スリランカ (セイロン) ■保存方法  直射日光を避け常温で保存    自家焙煎珈琲「水の時計」で幻のコーヒーを取り扱います。 そのとても稀少なコーヒーとは、スリランカ(セイロン)コーヒーです。 それは世界に流通していない幻のセイロンコーヒーを生産地での消費以外に日本へ輸入し、スリランカの食や文化を広めたいと、熱い志を持ったスリランカ人のインポーターの思いから始まりました。 目指す目線の先には、現地の雇用を作る!収量を増やすための現地での農園を拡充する!思いがあります。 スリランカの小さなコーヒー農家の方々と世界との架け橋になり、この美しく香り高いセイロンコーヒーが、再び世界中で愛されることを願っております。 なぜ、それが水の時計のカフェメニューにあるのか・・・ そうなんです。  日本に輸入されたコーヒー生豆を、弊社が焙煎・製品化しているからなのです! 普通、スリランカと聞くと、紅茶や宝石をまず思い浮かべますよね。 紅茶栽培が世界的に有名なスリランカですが、じつはコーヒーの栽培適地であり、かつてコーヒーの一大生産地として名を轟かせ、世界に流通していました。(世界第3位) しかしそれは、とても短くほんの一刻の期間だったそうです。 そのコーヒーの特徴はこの生産地ならではの独特な味わいと、香りがグリーン系ハーブやフラワリーを感じ長く余韻を残します。 どうしてスリランカのコーヒーは素晴らしい味わいを持ちながら稀少で入手が困難であるのかを、スリランカのコーヒーを歴史に沿って説明いたします。 スリランカ民主社会主義共和国は、インドの南東に浮かぶ小さな島国でその形から「インド洋の涙」という呼び名を持っています。 しかしこの呼び名には島が持つ聯綿とある歴史の悲しさも込められているのだそう。 伝来は、イエメンから南インド経由で到着した巡礼中のイスラム教徒たちが、スリランカ(セイロン島)にアラビカ種のコーヒーを持ち込んだといわれています。 ただその当時、飲料としては使われずコーヒーの葉をカレーを作る際に加える香辛料として使ったり、コーヒーの花を供物として寺院に献上していました。 16世紀にはポルトガル領になっていたスリランカでしたが、当時「黄金より価値のある」といわれていたシナモン貿易の争奪によりポルトガルとオランダの間で争いが起こり、ポルトガルの植民地支配から当時すでにインドネシアを植民地化していたオランダによる支配に取って代わりました。 その世界の覇権国だったオランダはインドネシアにイエメンのアデンより苗木を送り、ジャワ島での生産(植民地栽培)を成功させていたので、オランダ本国がコーヒー最大消費国になっていました。 さらに植民地で栽培したコーヒーを輸出して莫大な利益を得ようとしたオランダ領セイロン総督がセイロン島でもコーヒー栽培を始めました。 しかし、スリランカでのコーヒー栽培はゴール周辺の海岸地帯であった為、上手くいかなかったそうです。 1762年の年間生産量はわずか45トンほどという散々な結果に終わり、商業ベースに乗せることはできませんでした。 フランス革命戦争でオランダがフランスの支配下に入ると、機に乗じたイギリスがオランダの植民地を攻略していきました。 スリランカもその例にもれず、1815年のウィーン会議によって正式にイギリスの支配下に置かれることになりました。 イギリスもオランダ同様、スリランカで生産したコーヒーを貿易品に加えたいと考えましたが、やはりゴール周辺の海岸側に築いたコーヒー農園はうまく行きませんでした。 1815年、植民地化が進み内陸部のキャンディ大国を滅しセイロン島全土を支配下に置きます。 そして、次々と山岳地帯にコーヒープランテーションを築いたイギリス人のジョージ・バードにより、初めて商業規模でのコーヒー栽培に成功します。 その後、1830年代にはどんどん規模が拡大して輸出も盛んになり、1860年には、ブラジルやインドネシアと同く、世界有数のコーヒー生産国へと成長を果たし、「スリランカコーヒー」が世界に知られるようになりました。 ところが、1868年に「さび病」がスリランカのアラビカ種を襲います。 「さび病」とは、さび病菌と呼ばれるカビ菌の一種による恐ろしい伝染病で、この病気にかかると光合成機能がうまく働かず、やがて木が枯れてしまいます。 1890年、イギリスで雑貨店を多店舗展開するトーマス・リプトンがセイロン島にやってきて、当時イギリスで普及し始めた紅茶に目をつけて、栽培を増やし紅茶の売り上げを伸ばしていきました。 スリランカのコーヒー栽培は病害虫に強いロブスタ種への切り替えを図ったりしましたが、衰退の一途を辿り農園は紅茶栽培へと取って代わられました・・・ ・・・ では、スリランカはコーヒーが育たない国でしょうか? 答えは「NO!」です。 病害が去り、農園を立てなおせば復活もしますし予防対策も取れます。 何よりスリランカにはコーヒー栽培にふさわしい、芳醇な土壌と気象環境があるのです。 近年スリランカではコーヒー生産復活が大きなムーヴメントとなっています 現在では味、香りに優れているアラビカ種の栽培を改めて試みられ、 年々専門家からの評価も高くなってきています。 セイロンコーヒーのことを“幻のコーヒー”といわれているのは、こうした経緯があったからなのです。 ですのでスリランカでは近年、再びコーヒーに注目し、栽培を始める農家が増えてきています。 わたしたちの提供する豆は、家族で豆を栽培している何軒かの農家さんたちから調達しています。 収穫後の処理についても目を向けました。 その違いも銘柄の個性となります。 数百年に渡る歴史を乗り越えてきた、 スリランカの新たな味「セイロンコーヒー」をあなたも飲んでみませんか?